アクアがその後ろ姿に目を留めた理由は一つだった。
 鮮やかな、緑色の髪。普通こんな町では見ることのないその色に、目も心も吸い寄せられた。
 フィーみたい。そんなわけないけど。
 なんだか口にしてはいけない気持ちを抱いたような気がして、ちょっと歩みを速める。その袖がつん、と引っ張られた。
「あの人たち、手つないでたね」
 ルビィがどこか羨ましそうに言うのは、アクアがつい目で追った緑の人と、その連れのことらしかった。
 おれたちもつなぐ? とは、言えるアクアではない。そうだねと答える前にもう一度振り返ると、例の二人はすっかり見えなくなっていた。
「……」
「俺たちもつなぐか?」
 アクアが言えなかった、まさに同じ言葉でゴッドがルビィを呼んだ。ルビィはぱっとアクアの袖を離して、前を歩いていた長身に飛びつく。
「つなぐんじゃなかったのかよ」
「じゃあつなぐー!」
 結局ルビィは、ゴッドの右腕に抱きつく形に収まった。
 いいなあ、というのとはまた違うが、なんとなくアクアの眼差しには羨望の色が乗る。それを察してか、ゴッドがアクアにも声をかけようとした時だった。
「アクアはうちと手つなぎや」
 ふいに距離を詰めたグロウが、軽やかにアクアの右手をさらった。眼鏡の奥の黄色い瞳は、アクアではなくゴッドを見ていて、二人の間で一瞬のアイコンタクトが交わされる。いつものことだが、そこでやり取りされている内容はアクアにはさっぱり分からない。
 ただ、自分がグロウと手をつないだことで、ユールを取り残してしまった気がするのが引っかかった。確か少し前の方を歩いていた気がする、と長い髪のかかる背中を探すと、
「ユール、来いよ」
 ……そうだった。アクアが気にかけるようなことを、この人が先に気にしないはずがない。ゴッドが空いた左手でユールを呼んで、真っ白な手を握る。
 それを見ていたルビィが、なにかひらめいたみたいな顔で、アクアの隣へ寄ってきた。そして
「じゃん!」
 謎のかけ声と共にアクアの手を取る。
「えっへへー」
 五人横並びで手をつないで。子供の遊びみたいだけど、真ん中を陣取ったルビィは嬉しそうだ。アクアもつられて頬を緩める。
「あんたこれ、他の人来たら邪魔にならん?」
 グロウは呆れたふうに笑うが、咎めるほどの言い方ではなかった。
「ユール、電柱」
「分かっている」
 端のユールをゴッドが内側へ引っ張る。確かにちょっと、五人は無理があるかも。
 そんな左右をきょろきょろして、ルビィはうーんとうなる。
「えっと、じゃあ、あの角まで!」
 そう言って、簡単にアクアの手を離して、もう何メートルもない場所を指さした。
 あっ、と言葉にならない喪失感が手を冷やす。グロウが隣から、笑い声でささやいた。
「大丈夫ちや」
 何を心配されたか分かって顔が熱くなる。そうして冷えた手にも、グロウの予想通り、小さな熱が滑り込んできてアクアの手をぎゅっと握った。
「じゃ、行こう!」
 ぶん、と振りあげられた手は、ルビィとしては精一杯伸ばしたつもりのようだけれど、アクアにとっては大した高さではなかった。
「ていうか、ルビィ、下校中にこんなことしてたら恥ずかしいよ……っ!」
「いいでしょー、誰もいないんだし」
「誰かいたらグロウがこんなことするわけないもんな」
「そうやね。ユールそっち狭うない? 寄ろうか?」
「かまわない」


2/2 皇 巫琴
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